2016年にアルバム『Groove it』を携え、メジャーデビューを果たしたシンガーソングライターのiri。
デビュー10周年のアニバーサリーイヤーを迎え、その心中には様々な思いが去来している。
「この10年はコロナ禍もあって、世の中的にも大変な変化があった時期だったと感じています。デビューから10周年を迎えた2026年まで、年齢や経験を重ねたことで、価値観をはじめ、様々な変化を経験しました。音楽的には、最初は感じたままに自由に書いて、作品を出していたんですけど、デビュー当初は無知だった分、疑問もたくさんあったし、それに対する怒りもありました。20代の作品は感情の大きな揺れが歌詞にも表れていたと思うんですけど、最近は聞き手のことをより深く考えられるようになりました。自分の作品を客観的に見られるようになり、それはそれで成長だと思うんですけど、それがいい方向に働くこともあれば、自分を抑えてしまうこともあって。丸くなりすぎたくないという思いもありますし、年を重ねても、恐れずに自分をさらけ出せるようになれたらいいなって」
「5周年、武道館ライブと、過去を振り返ることで得られるものは多かったんですけど、過去にとらわれることもあって。仕事においても制作においても人間関係においても、新しい出会いや新しいものに対して、前向きになるのが難しかったです。でも、おととしの年末に偶然、会いたかったミュージシャンの方と知り合うことができて。それまでずっと地元に引きこもって制作していた私に対して、「いろんな人に出会ってみたら?」という助言をいただき、東京に出て、作ったのが『Seek』というEPでした。ただ、そうしたトライアルを経て、結果的に考え方が変わったかというと、多分変わっていないんです。でも、一時期でもいろんな人に出会って吸収させてもらったという瞬間があったからこそ、自分はたくさんの人と関わっていくのが難しいんだなということを再認識できたし、その経験を通じて「私はこういう人間なんだな」ということがすとんと落ち着いて、今まで否定していた自分を受け入れられるようになりました。自分の中で“今の自分”にすごく満足していますね」
変化を求めて、街に飛び出したEP『Seek』から再びパーソナルな表現に回帰した楽曲制作へ。10周年アニバーサリーイヤーを幕開ける最初のシングル「力説」は、iriの楽曲の根幹をなす弾き語りを活かした楽曲という意味で、「会いたいわ」や「はじまりの日」の流れを汲む1曲だ。
「10周年だからその最初の作品は弾き語りの曲を作りたいなというのがぼんやりありました。当初はギター1本で弾いてレコーディングして出そうと思っていたのですが、さすがにストイックすぎるかなと思って、たくさんの人に聞いてほしいという気持ちもあったので、もう少し入りやすい形にしました」
「この曲はみんなが親しみやすいコード感やメロディーだと思います。ここ最近は新しいと言っていただける楽曲が続いていましたけど、「力説」の制作時期は70年代のシンガーソングライターをはじめ、昔の音楽に惹かれるモードでした。だから、この曲は絶対レコードにしたいと思って、レコードで聴いたときにトゥーマッチな感じになりすぎない、アタック感が強くないような音作りを心がけました」
キーボードの村岡夏彦、ベースの三浦淳悟(ペトロールズ)という旧知のプレイヤーに加え、敬愛するドラマーである河村“カースケ”智康を新たに迎えた編成のもと、丁寧にバンド・アンサンブルを紡いだ「力説」は、曲の根幹をなすメロディーと言葉が真っ直ぐに届けられる。そして、繰り返し聴くなかで、4本のギターやピアノ、エレクトリックピアノ、オルガンをさり気なく使い分けながら、共同プロデューサーのTAARが施した繊細なサウンドトリートメントもあって、立体的で浮遊感のある鳴りと共に曲に込められた思いが深まり、広がっていく。
「はじまりの日」は録ったドラムをデータで調整したんですけど、「力説」は完全な生演奏で、1個手を加えようとすると全部がダメになってしまうような、シンプルだからこそ難しかった曲ですね。最初のサビもかなりドライに仕上げてもらいましたし、聴いていて、一番体に入ってくるバランスをすごく探りました」
「この曲を作った前日に、昔から自分をよく知ってる人と久しぶりに会ったんですよ。お酒を飲みながら、昔からの話をいろいろして「頑張ろうね」って。その後、家に帰って、そのままこのサビのメロディーと歌詞を録音しました。年齢的に30代に入ると、周りは結婚したり、子どもがいたり、環境が変わることで、なかなか会えなくなってくるんですよね。だから、会いたいけど、なかなか会えてない人に手紙を書くような気持ちで作りました。そして、タイトルの「力説」は歌詞を書き終えたタイミングで思いつきました。私はずっと仲のいい親友と会ったり、すごく深い時間を過ごした後は、お母さんだったり、近しい人にそれがどれだけ素晴らしいことだったかを力説したくなってしまうんです。それもまた自分のなかですごく幸せなことだなって」
会いたくても、なかなか会えない大切な人を想って書いた曲を近しい人に語りかけるように歌う「力説」をリリースしたiriは、6月から始まる全国6公演からなるZeppツアー『iri 10th Anniversary LIVE "DoT"』とその先の10月22日に行われるぴあアリーナMMライブ『iri 10th Anniversary LIVE “Period”』に向け、すでに走り出している。
「10周年アニバーサリーイヤーをどうやって過ごすのか。ここまで活動できているのは応援してくれる人たちがいてくれたからこそなので、感謝の年だなというのはまずあります。そして、せっかくの節目なので「じゃあ、その節目に何をやっちゃおうかな」みたいな気持ちはすごくありますし、挑戦的なことをやりたいなって。たくさんの人と関わっていくのが難しいと感じつつも、新しいものに対する気持ちはもちろんあります。自分の場合、歌詞を書くときに日常生活でも新しい出会いからすごく刺激を受けますし、「これができたから、じゃあこれもやってみようかな」と、作品を作ったことによって自分の中で幅も広がるんです」
「ここ最近では、日本的なものに惹かれていて。三味線のような和楽器にも関心を持つようになって、レコードショップに行ったら、和楽器のレコードを手に取ったり、音楽以外でも着物とか茶道とか、そういうものにも興味を持っています。どうしてなのか?もしかすると、精神的なものもあるのかもしれませんね。情報が溢れている日々の生活において、自分の軸をキープしておくうえで、日本的なものから感じられる静かな時間というか、無になる時間、自分と静かに向き合う時間みたいなのがすごく自分を保ってくれる気がして、ブレずにいられる気がするんです」
ギターを手に曲を紡ぐシンガーソングライターであると同時に、ラップでビートを乗りこなし、ダンスミュージックのグルーヴと共に歌を躍動させてきたiri。その時々で様相を変えながら、自分らしさを揺るぎなく体現してきた彼女が向かう先とは?
「私が最初に刺激を受けて影響を受けた音楽は、七尾旅人さんとか、ラッパーだったらLIBROさんとか、鎮座DOPENESSさんだったりするんですけど、彼らの作品は、いつ聞いても毎回新鮮な気持ちで「音楽って面白い」って思わせてくれるんです。私もそういう音楽を作り続けていけたらいいなって。まずは「これが私の作品」という音楽を作りたいです」
INTERVIEW/TEXT:小野田雄